介護老人保健施設(老健)は、在宅復帰・在宅生活の支援を目的に、医師・看護・介護・リハビリ専門職がチームで関わる介護保険施設です。入院治療を終えた後の「もう少しの回復」と家族の準備期間を確保し、暮らしへ橋渡しする役割を担います。
集中的なリハビリ(機能訓練)に加え、食事・排泄・入浴など“生活の中の訓練”を積み重ねることで、再発予防や再入院のリスク低減を目指します。ここでは老健の基本から費用、向き・不向き、他施設との違いまでを整理します。
老健とは(基本のしくみ)
老健は介護保険の施設サービス(介護老人保健施設)に位置づけられ、医師の管理下で、看護・介護・リハビリ専門職(PT/OT/ST)・管理栄養士・歯科衛生士・支援相談員などが多職種協働で在宅復帰を支えます。生活の場でありながら、在宅や地域へ戻ることが明確なゴールです。
入所(中期滞在)に加えて、短期入所療養介護(ショート)としての利用も可能です。居室は個室・多床室のほか、機能訓練室、食堂、浴室、口腔ケア設備などを備え、生活全体をリハビリの機会として活用します。
老健の役割と位置づけ
病院の急性期/回復期と、自宅(または地域の住まい)の中間に立つ“中間施設”です。退院後のADL/IADL回復、環境調整、家族指導を行い、在宅サービス(訪問リハ・訪問看護・通所リハ等)へつなぎます。
対象となる状態像
脳卒中や大腿骨骨折、心不全の増悪後、廃用症候群、認知症の悪化などで、医療的観察を受けつつ日常生活動作の回復を図りたい方が主な対象です。感染症や高度の医療管理が必要な場合は、受け入れ可否を個別に確認します。
入所対象・条件
原則として要介護1~5の認定が必要です(要支援は対象外が一般的)。医師の診療情報提供書や直近の治療歴、ADL・嚥下・認知機能、行動症状(BPSD)などを総合評価して受け入れ可否が決まります。
入所は在宅復帰を前提としており、入所直後から退所目標・期間・必要な在宅サービスの設計を行います。3か月ごとの見直しで継続の是非や目標修正が図られます。
入所期間と更新
目安は数週間~数か月で、3か月ごとに退所可能性を判定します。回復状況や自宅環境・家族の支援力を踏まえ、延長の可否が検討されます。
医療的ケアの範囲
胃ろう・経管栄養・在宅酸素・インスリン・褥瘡管理などは、施設の看護体制と協力医療機関の連携で対応可否が分かれます。夜間の観察や急変時のフローまで事前に確認しましょう。
リハビリと多職種の支援体制
理学療法士(PT)は起立・歩行・バランス、作業療法士(OT)は更衣やトイレ動作・家事などのIADL、言語聴覚士(ST)は嚥下/コミュニケーションを重点的に評価・訓練します。個別訓練+生活場面での実践を繰り返し、獲得した機能を日常に落とし込みます。
栄養・口腔・排泄・認知症ケアもリハの一部です。管理栄養士の栄養ケア計画、歯科衛生士の口腔機能向上、排泄ケアの環境調整などを含め、多職種カンファレンスで目標と手段を共有します。
在宅復帰に向けたプログラム
家屋調査・手すり位置の提案、段差解消やベッド・ポータブルトイレ等の福祉用具選定、家族への介助方法の指導、外出・外泊訓練などを実施し、退所後の生活を具体化します。
口腔・栄養・嚥下の連携
嚥下評価に基づく食形態の調整や摂食嚥下訓練、間食・水分摂取の設計、オーラルフレイル予防の取組により、誤嚥性肺炎や低栄養のリスクを下げます。
費用の内訳と目安
費用は、介護サービス費の自己負担(1~3割)+居住費+食費+日常生活費(リネン・理美容・おむつ等)で構成されます。居室タイプ、要介護度、各種加算、所得区分によって総額は変動します。
住民税非課税等の条件を満たすと、負担限度額認定(食費・居住費の軽減)を受けられる場合があります。適用可否と区分は自治体の基準に従うため、早めの申請準備が安心です。
| 費用項目 | 内容 | めやす |
|---|---|---|
| 介護サービス費(自己負担) | 介護保険給付の1~3割 | 要介護度・加算・負担割合で変動 |
| 居住費 | 個室/多床室など居室種別で差 | 種別により低~高 |
| 食費 | 1日3食+おやつ | 施設ごとの基準額 |
| 日常生活費 | おむつ・理美容・リネン等 | 実費(数千~数万円/月) |
| 医療費 | 併設/外部受診・処方など | 保険負担割合により変動 |
費用を確認するポイント
基本料金に含まれる範囲、リハビリ単位数や加算、口腔・栄養関連の加算、外出・外泊時の費用、洗濯やリネン代、面会・持ち込み家電の扱い、退所時の清掃・原状回復費の有無を書面で確認しましょう。
老健がリハビリ目的で選ばれる理由
個別訓練と生活場面の両輪で、自宅環境に即した能力回復を目指せる点が最大の強みです。転倒予防・再入院予防に直結する体力・バランス・嚥下機能の維持向上に取り組めます。
また、家族のレスパイト(介護休息)と準備期間を確保でき、退所後の在宅サービス設計(訪問看護・訪問リハ・通所リハ・福祉用具・住宅改修等)を現実的に組み立てられます。
メリット
- 在宅復帰を明確なゴールに据えた短~中期の集中支援
- PT/OT/ST・栄養・口腔・看護の多職種一体の支援
- 家屋調査・外泊訓練・家族指導まで含めた退所支援
- 医療観察下でのリハにより合併症リスクの把握が容易
デメリット・注意点
- 長期居住には不向き(在宅復帰が前提)
- 医療依存度が高い場合は受け入れに限界がある
- リハの提供頻度・時間は人員体制等の影響を受ける
- 入所期間が短いと、目標達成に向けた調整がタイトになる
他施設との違い(特養・有料・介護医療院・回復期病院)
施設ごとに目的が異なるため、「何を優先したいか」で選び方が変わります。老健は「在宅復帰」が中心、特養は「長期生活」、介護医療院は「長期の医療+生活」、回復期病院は「医療リハの集中的提供」が主軸です。
費用や在所期間、医療体制、リハの濃度、退所先の想定を比較し、今の状態と半年後の見込みでマッチ度を判断しましょう。
| 項目 | 老健 | 特養 | 介護付き有料 | 介護医療院 | 回復期病院 |
|---|---|---|---|---|---|
| 主目的 | 在宅復帰・在宅支援 | 長期生活の場 | 生活+介護提供 | 長期の医療・療養+生活 | 医療的リハの集中的提供 |
| 在所期間 | 数週間~数か月(見直し制) | 長期 | 長期 | 長期 | 数週間~数か月 |
| リハ提供 | 生活場面に統合した訓練 | 機能訓練中心(施設差) | 機能訓練(施設差) | 維持期中心 | 医療スタッフ主導の集中的リハ |
| 医療体制 | 医師常勤・看護常駐 | 嘱託医・看護日中中心 | 施設差大 | 医療的管理が手厚い | 医療管理が最も手厚い |
| 退所先の想定 | 自宅・サ高住・有料など | 施設内継続が基本 | 施設内継続が基本 | 施設内継続が基本 | 老健/在宅などへ |
向いている人・向かない人
向いている:退院後にADL/IADLを回復し在宅へ戻りたい、嚥下や栄養改善を図りたい、家族の介助力に不安があり介助練習や住環境調整が必要なケース。
向かない:24時間の高度な医療管理が必要、慢性的に夜間の頻回個別対応が不可欠、長期居住を前提にしたいケース。
利用の流れと必要書類
相談→見学→申込→実態把握(面談・情報提供書)→判定→契約→入所が一般的です。退院前であれば、病院の医療ソーシャルワーカー(MSW)と連携して調整します。
必要書類は、介護保険証、要介護認定情報、診療情報提供書・看護サマリー、薬剤情報、ADL・嚥下・栄養の評価、家屋・家族支援状況がわかる資料などです。
家屋調査と退所準備
手すり位置・段差・動線を確認し、福祉用具(ベッド・マットレス・歩行器・車いす・ポータブルトイレ等)を選定。外泊訓練で自宅での課題を確認し、退所当日から使える在宅サービスを整えます。
見学・相談時のチェックポイント
同じ老健でも、リハビリの単位数・時間・実施方法、家屋調査や家族指導の体制、嚥下・栄養・口腔ケアの連携などに差があります。具体的なプログラムと結果のフィードバック方法を確認しましょう。
夜間体制、急変時対応、感染対策、面会ルール、持ち込み家電や金銭管理、退所時の原状回復・精算のルールも、書面での確認が安心です。
チェックリスト(例)
以下の観点を事前にメモしておくと比較がスムーズです。見学時はスタッフの声かけや入所者の表情、訓練の雰囲気も観察しましょう。
- PT/OT/STの在籍数・実施頻度・1回あたりの時間
- 嚥下評価・食形態の調整フロー、口腔ケアの実施体制
- 家屋調査・外泊訓練・家族指導の実施有無
- 夜間人員・急変時フロー・協力医療機関
- 面会ルール・リハ見学可否・情報共有(記録/アプリ)
- 追加費用(リネン・洗濯・理美容等)と請求書の明細性
ケース別利用シナリオ
ケースA:大腿骨頸部骨折術後—歩行器歩行の獲得と段差昇降を目標に、PTで筋力・バランス訓練、OTでトイレ・更衣動作、家屋調査で手すり・踏み台を設置。退所後は通所リハ+訪問看護へ。
ケースB:脳卒中後の嚥下障害—STで嚥下訓練と食形態調整、管理栄養士が栄養量を最適化。口腔ケアの徹底と姿勢調整で誤嚥性肺炎を予防。家族へ食事介助の指導を実施し、在宅では訪問STへつなぐ。
家族ができる支援
面会時に訓練の復習(立ち上がり・移乗・食事介助など)を一緒に練習し、退所後の役割分担を具体化します。必要物品の早期準備と、在宅サービス事業所との連絡体制づくりが鍵です。
まとめ
老健は、医療の観察と生活密着型のリハを組み合わせ、自宅への“安全な帰還”を実現するための施設です。入所直後から退所と在宅設計を見据え、家族・在宅サービス・地域資源と早期に連携しましょう。
複数施設を見学し、リハ体制・家屋調査・家族指導・費用の透明性を比較すれば、回復のスピードと生活の質を両立しやすくなります。迷うときは地域包括支援センターや病院MSW、ケアマネに相談を。
よくある質問(アコーディオン)
介護老人保健施設(老健)の「入所条件・期間・費用・リハビリ内容・在宅復帰支援」について、家族から寄せられやすい疑問をQ&A形式でまとめました。各項目をクリック/タップすると回答が開閉します。
運用や費用は施設によって差があるため、最終的には重要事項説明書・契約書で確認し、控えを保管してください。
Q. 入所条件は?要介護いくつから利用できますか?
A. 原則として要介護1〜5が対象です(要支援は対象外が一般的)。直近の治療歴やADL・嚥下・認知機能などを総合評価して受け入れ可否が決まります。
Q. 入所期間はどれくらい?長期滞在はできますか?
A. 目安は数週間〜数か月で、3か月ごとに見直しが行われます。老健は在宅復帰を目的とするため長期居住には向きません。
Q. リハビリはどれくらい受けられますか?内容は?
A. PT/OT/STによる個別訓練+生活場面での実践(食事・排泄・入浴・移乗等)を組み合わせます。実施頻度や時間は人員体制や計画(ケアプラン)で異なります。
Q. 医療的ケア(胃ろう・在宅酸素・インスリン等)は対応可能?
A. 看護体制と協力医療機関の連携で対応できる場合がありますが、範囲に限界があります。可否・夜間対応・手順・追加費用を書面で確認してください。
Q. 月額費用はいくらくらい?軽減制度はありますか?
A. 介護サービス費の自己負担(1〜3割)+居住費+食費+日常生活費の合計です。住民税非課税等の条件を満たすと負担限度額認定で食費・居住費が軽減される場合があります。
Q. 認知症でも入所できますか?BPSDが強い場合は?
A. 多くの老健で受け入れ可能です。行動・心理症状が強い場合は環境調整や専門職連携で対応しますが、安全確保が難しいと判断されると受け入れが限定されることがあります。
Q. 在宅復帰の見通しが立たない場合はどうなりますか?
A. 評価のうえ、特養や介護医療院、介護付き有料、在宅サービス強化など次の選択肢をケアマネ・MSWと検討します。早期から並行して情報収集を進めるのがおすすめです。
Q. 面会やリハ見学はできますか?家族はどのように関わる?
A. 施設の方針と感染対策に従います。家族は介助方法の習得や退所後の役割分担の確認を兼ねて関与できます。面会・同席の可否は事前に確認しましょう。
Q. 短期入所(ショート)としての利用は可能ですか?
A. 可能です(短期入所療養介護)。在宅生活の継続や家族のレスパイト、退院直後の一時的な支援に活用されます。対象・期間は施設と要相談です。
Q. 入所の申込から入所までの流れは?必要書類は何ですか?
A. 相談→見学→申込→面談・実態把握→判定→契約→入所が一般的。介護保険証、要介護認定情報、診療情報提供書・看護サマリー、薬剤情報、ADL・嚥下・栄養の評価資料などが必要です。
Q. 退所準備は何をすれば良い?家屋調査や外泊訓練はありますか?
A. OT/PTが家屋調査を行い、手すり・段差・動線を調整します。必要に応じて外泊訓練で課題を確認し、在宅サービス(訪問看護・通所リハ等)と物品準備を整えます。

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